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「要するに」
賢策がかたちのいい顎(あご)をなでながら、言った。
「金メダルをとったところで幸せじゃなかったってことだよね。ということは、成功を追い求めてがんばったところで無意味だよ、ってことなんじゃないかな」
「金メダルをとったのに幸せじゃないなんて信じられないよ。オリンピックで金メダルをとるのはスポーツ選手にとって最高の栄誉(えいよ)なんだよ。それなのに幸せじゃないって、どういうことなの?」
「僕に訊(き)かれてもこまるんだよね……でも、金メダルをとった本人がそう言ってるんだから、やっぱり幸せじゃないんだよ」
「じゃあ、どうすれば幸せだったんだろう?」
「さあね」
「そういえば彼、言ってたよね。優勝してもすぐに次の大会、次のオリンピックへの期待がのしかかってくるんだって。
つまりオリンピックで優勝しても、試合のプレッシャーからは解放されないってことだよね。
それじゃあ、たとえ優れた結果をだせたとしても、スポーツ選手は引退するまで幸せになれないってことなのかな?」
賢策は肩をすくめ、俺のほうを見やった。
俺は、カツオに答えて言った。
「どうなんだろうな。すべてのスポーツ選手が不幸だとは思えないし、引退すれば幸せになれるとも思えない」
「それじゃ、どういうことなんだろう?」
「つまり、こういうことなんじゃないか――『成功だの、勝利だの、目標達成だのと言って幸せを未来に求めても、幸せはずっと未来に先送りになる』と」
賢策とカツオは目を見開いて、俺のほうを向いた。
やばい、俺、めちゃくちゃいいこと言っちまったか?
「そうだよ、そういうことだよ!」
カツオが興奮して言う。
「いつか優勝したら幸せになれるとか、いつか金メダルをとったら幸せになれるとか、それは真実じゃないんだよ。『いつか』っていうのは永遠に『いつか』のままなんだ」
賢策が、言葉を引き継いで言う。
「『いつか』とか『もっと』とかいう言葉は、プラス思考の決まり文句だよね。いつか成功するために、もっと得るために――そうやってすばらしい未来を夢想させて人々を引きこもうとする。
でも、実際にはそれで満たされたりはしない。金メダルをとった人間がそう言ってるんだから、まちがいないよね」
「ということは……」
カツオは結論づけようとして言葉に詰まってしまった。へたれのくせにかっこつけるからだ。
俺はカツオに代わって、言った。
「幸せは未来にはない。幸せになりたければ『いま』でなければダメなんだ」
「そう、そういうことなんだよ!」
カツオは興奮して言ったものの、すぐに思案顔(しあんがお)になった。
「……でも、いますぐ幸せになるなんて、本当にできるのかな?」
「できるんじゃないかな」
賢策が、あっさりと答えた。
「要するにハッピーな状態になればいいってことだよね? だったら上機嫌(じょうきげん)でいればいいだけのことだよ。簡単さ」
「「上機嫌!?」」
俺とカツオは、声をそろえて訊き返した。
「そう、上機嫌。脳が『快』になっている状態――
簡単だよ。心がけひとつでけっこう機嫌よくしていられるものなんだよ、人間って」
「それ、賢策だけじゃないのか?」
「そんなことないって。こういうことは心がけ次第(しだい)なんだ」
「おまえは、いつも心がけてるのか?」
「いいや」
「なんだよ、それ」
「やろうと思えばいつでもできるよ。でも、あえてやってないんだ。女にナメられたら恋愛はおしまいだからね。戦略的不機嫌ってやつだよ」
「説得力ねぇなぁ……」
なかば呆(あき)れつつも、俺とカツオはその上機嫌になる方法ってのを賢策に訊いてみた。
「簡単だよ。自分にとって楽しくなることとか、気分がよくなることを心のなかでイメージするんだ」
「それっておまえの嫌いなプラス思考じゃないのか? いいことを思えば、やがてそれは現実になるっていう」
「ぜんぜんちがうよ。プラス思考は『やがて』だけど、僕が言っている上機嫌は『いま』ハッピーになるためのものなんだ。成功とか目標達成とか、そんなものはイメージの対象じゃない。
たとえば僕の場合、激カワでスタイル抜群な女の子とエッチをしているところを思いだして『快』になるんだ。こんなことを説くプラス思考や成功哲学を聞いたことがあるかい?」
「確かにないな。……つーか、イメージするんじゃなくて『思いだす』かよ。女の敵、おそるべしだな」
「ラブマスターって言ってくれないかな。
……それじゃふたりとも、さっそく実践(じっせん)してみようか」
「実践?」
「いま説明したとおりだよ。自分にとって気分がよくなることをイメージするんだ。
要するに、好きなこととか、好きな人のことを考えればいいんだよ。
……さあ、はじめて」
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