2018年5月19日土曜日

これからは上機嫌でいく(1)

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第二章




これからは上機嫌でいく



 小さいころの俺は、誰もが認める優等生だった。
 勉強もスポーツも得意で、小学校時代の成績は5段階評価でほとんどが5だった。

 両親は俺のことを天才児だと思いこみ、過剰な期待を寄せていた。
 将来は東大へ行き、その後はキャリア(上級官僚)の人間として出世するにちがいない。そんなことを自慢げに吹聴(ふいちょう)していた。

 でも俺に言わせれば「たまたま早熟だっただけ」ってことなんだ。
 同い年の子供とくらべて発達が早かったから、脳もほかの子供たちよりも発達していただけのこと。
 実際、小学生のころの俺は体が大きくて、上級生とケンカをしても楽勝なくらいだったんだ。

 早熟な者は、成長がとまりはじめるのも早い。
 中学にはいったころから身長はあまり伸びなくなり、上から見おろしていた連中と目線の高さがおなじになった。

 成績も落ちた。
 早熟な子にありがちな「努力ができない体質」が染みついていたんだ。
 努力をしなくてもできてしまう、という体験を小さいときにしてしまったせいで、努力をしようという気が起こらない。

 そんなふうにして俺は優等生の座から失墜(しっつい)し、それでもなんとか中間の位置からおおはばに落ちることなく踏みとどまってきた。
 そしていつしか『その他大勢のザコキャラ』として見られるようになり、俺自身もそのポジションにあまんじるようになっていた。

 両親の期待は、いまでは三つ下の弟・浩二(こうじ)に集まっている。
 浩二は俺と正反対で、小学生のころはできない子だったんだけど、中学にはいってから努力家になり、県内一の進学校を目指すほど成績が伸びている。
 両親の関心が弟に集中することで、俺は完全に放任状態になっていた。

 ま、ザコキャラに対するあつかいなんて、どこへ行ってもこんなもんだけどな。



 学校へは歩いて10分ほどで着く。
 家から歩いてかよえる、というのがこの学校を選んだいちばんの理由だ。

 もちろん学力的にも俺に適していたんだけど、それ以外にも「自由な校風」をうたっているところも選んだ理由のひとつだった。

 実際、近隣の高校とくらべると極端なくらい校則がゆるい。
 寄り道をしているのを教師が見ても、早く帰れよ、と言うだけでべつにとがめたりはしない。
 私立高校なので生徒をひとりでも多く獲得するための経営戦略なんだろうけど、俺たちとしてはじつにありがたい。
 そういう意味ではいい学校だよな、プラス思考の押しつけは計算外だったけど。

 ちなみに俺は遅刻魔だ。
 学校の近くに住んでいれば遅刻をしない、と思ったら大まちがいで、むしろすぐに行けるからこそ油断して寝坊する。
 かなしいかな人間なんてそんなもんなんだ。

 というわけで、俺は今日も遅刻した。

 1時限目の真っ最中に教室へはいり、教師に軽く叱責(しっせき)され、口先だけの「すみません」を言って、俺は最後列の自分の席に着いた。

 授業を真面目(まじめ)に聞いてるフリをしながら、前から二列目の席に座っているショートカットの後ろ姿を見つめた。
 暮咲さんは今日も顔をうつむかせていて、ノートをとるために黒板を見るとき以外はずっと顔を伏せている。

 いつも下を見ている暮咲さん……。

 そして俺は、そんな暮咲さんの後ろ姿を、いつも見ている……。

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