2018年5月2日水曜日

俺だけは、ちゃんと気づいてるんだ

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俺だけは、ちゃんと気づいてるんだ



 けっきょく岩田勇造はそれっきりひと言も口にせず、モアイが壇上(だんじょう)を引き継いで得意のプラス思考に話題をすり替えたんだけど、モアイの顔には動揺がありありと浮かんでいて、いつもの精彩がなかった。
 ふふっ、あの慌てっぷりはおもしろかったな。


 それから俺たちは教室へもどり、簡潔(かんけつ)なホームルームをやってすぐに解散になった。
 だけど、金メダリストの意外な発言の余韻(よいん)がまだ残っていて、俺は誰かと語り合いたい気分になっていた。

 それで、賢策とカツオを寄り道に誘ったんだけど、カツオに、
「ごめん、セーチくん……オレ、今週は掃除当番なんだ」
 と、半泣き顔で返されてしまった。

 見ると、教室に残っているのはカツオと暮咲さんのふたりだけだった。
 ほかの連中は「あとは任せた」とカツオに言い残して帰ってしまったそうだ。
 へたれキャラにもほどってもんがあるだろ。ナメられすぎだぞ。

「しかたねぇな、俺も手伝ってやるよ」
 暮咲さんのために、と心のなかで付け加えて、俺は机をはこびはじめた。

「セーチくん、ありがとう! 本当にありがとう!」

 よせカツオ、そんな感激した目で俺を見るんじゃない。後ろめたくなるだろうが。

 そんな俺たちのやりとりをすました顔で眺(なが)めていた賢策が、
「そういうことなら、僕も手伝うよ」
 と言って、教室からでて行ってしまった。
 ……おまえ、言ってることとやってることがバラバラだぞ。

 俺は横目で、暮咲さんをさりげなく見やった。
 小さな体でせっせと机をはこんでいる。
 こんな大人(おとな)しい子に押しつけて帰るなんて、ウチのクラスの女子もひどいもんだ。よく良心が痛まないよな。

 俺は暮咲さんのところへ行き、机をはこぶのは俺とカツオでやるからいいよ、と声をかけた。
 暮咲さんは驚いて目を見開き、俺の顔をじっと見ている。

 心臓がドキドキ言っていた。
 暮咲さんはいつも顔をうつむかせていて、ショートボブの髪が両サイドからブラインドをかけているみたいになって顔があまり見えないんだけど、俺はいま、稀(まれ)にしか見ることのできない暮咲さんの顔と、真正面から向き合っている。

 可愛(かわい)い子だ、って素直に思う。
 内気なせいで地味な印象を与えているけど、本当はすごく可愛い子なんだ。
 俺だけは、ちゃんと気づいてるんだ。

 ふいに、暮咲さんが顔をうつむかせた。また両サイドの髪が顔にブラインドをかけてしまう。
 そして、ふるふると顔を左右に振った。どうやら俺とカツオで机をはこぶという申し出をことわっているようだ。

 暮咲さんは駆け去るようにして俺のそばからはなれていき、また机をはこびはじめた。


 俺たち3人が机をぜんぶ後ろにはこび終えたころになって、賢策が教室にもどってきた。
 しかも、女子を大勢連れて。

「それじゃ、きみときみは箒(ほうき)ではいてくれるかな。きみたちにはモップがけを頼もうかな。きみには黒板をお願いするよ」

 賢策は女子生徒たちに次々と指示を与え、仕事を分担していく。

 かぞえてみた。ちょうど10人いる。
 ほとんどがほかのクラスの2年生だったけど、なかには上級生や下級生も混じっている。
 さすが女の敵、女子を利用することに微塵(みじん)のためらいも見せていない。

 14人がかりでやったので、思ったよりも早く終わった。

 賢策は廊下へでて行き、はしゃぐ女子たちにかこまれながらメアドの交換をはじめている。
 俺とカツオは、賢策がもどってくるのを教室で待つことにした。

 そのとき、帰り支度(じたく)を済ませた暮咲さんが、俺のところにやってきた。

 俺はカツオの前にさっと手を伸ばした。『いま俺に話しかけるな、音をいっさい立てるな』の合図だ。
 廊下ではしゃぐ女子たちの声がわずらわしい。
 俺はありったけの注意力を総動員して、耳を澄ませた。

「中沢(なかざわ)くん、ありがとう……手伝ってくれて……」


 やった、聞きとれた!

 暮咲さんはそれだけ言うと、俺の前から駆け去っていった。

「暮咲さん、なんだって?」
 カツオは聞きとれなかったらしい。

「手伝ってくれてありがとうって」

「そっか……それにしても、セーチくん、よく聞きとれるよね」

「コツがあるんだよ、暮咲さんの言葉を聞くには」

 といっても、聞きもらさないように耳を澄ますだけなんだけどな。

 そうこうしているうちに、賢策が教室にもどってきた。

「わるいね、待たせて」

「女の子たちは?」

「今日は用事があるからって言って、帰ってもらったよ」

「あんなに大勢とメアドを交換したら、携帯が鳴りっぱなしになるんじゃないのか?」

「だいじょうぶだよ、電源切っておいたから」

「さすが女の敵、容赦(ようしゃ)しねぇな」

「その呼び方はよしてくれって言ってるだろ。ラブマスターの僕に対して失礼なんだよね」

「はいはい、わかりましたよ。それじゃ、行くとしようぜ」

 俺たち3人は、連れだって教室をあとにした。

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